写真の子は恥ずかしがりやさんなので、これ以上出てきてくれません。


by rei_ayakawa
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勇者クエスト

私は勇者だ。
頼れる仲間たちと共に魔王を倒しに行くのだ。
なぜなら私は勇者だからだ!

「勇者、魔王の城は凄まじい炎に包まれていて誰も近づけないそうだぜ。どうする?」
「なーに、簡単な話さ。諦めよう!」

「勇者、どうやら北の大陸にある洞窟に、アイスブレードという剣があるらしいわ。それを使えばどんな炎でもすぐに消してしまえるそうよ」
「なるほど。北の大陸まで行くのは面倒くさいな。他の方法を考えるか、諦めよう!」

「勇者、お前がいかないから俺たちがアイスブレードとってきたぜ!」
「流石だ、頼れる仲間を持って俺は幸せだぜ」
「それにしても疲れたわ。一日休んでから魔王城に出発しましょう」
「なんだったらそのまま諦めてもいいぞ?」

「勇者、早速アイスブレードであの炎を消すんだ」
「重い!諦めよう!」

「勇者、魔王城の火は俺が消したぜ!さぁ、突入だ!」
「わかった。今こそ勇者の力を見せてやるぜ!」
「まって、いきなり突っ込むのは危険だわ。中にどんな罠が仕掛けられているかわからないし……」
「よし、可及的速やかに諦めよう!」

「くっ、流石に魔王の近衛師団なだけはあるわ。強い!」
「まずいぜ、勇者このままじゃ全滅だ。どうする!?」
「だから諦めようってあれほど言ったじゃないかああああ!」

「ふっふっふ、よくぞここまできたな勇者よ。だが、私をそこらの魔物と一緒にしないほうがいいぞ。何せ魔王だからな。めちゃくちゃ強いぞ」
「俺は勇者だ!鬼のように強いぞ!」
「わかった。諦めよう」

こうして世界に平和が戻った。
流石は私だ。
流石は勇者だ!
勇者は偉大なのだ!

「勇者、また新しい魔王が出現したそうよ」
「諦めよう!」
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# by rei_ayakawa | 2005-12-04 19:31 | 空想

すれ違う魂

ロールシャッハテストというものがある。

これはスイスの精神医学者ロールシャッハが創案した性格テストだ。紙にインクを垂らし、それを二つ折りにして作った左右対称の図形を見せ、被験者が何を連想したかによってその特徴を診断する。間違っても「食らえ怪人!必殺、ロールシャッハテェスト!」とかそういう代物ではない。人間というのは不思議なもので、このように曖昧な図形から「蝶々」「悪魔」「ちょっと調子こきすぎたおっさん」など様々なものを連想し、同じものを見ても人によって答えが全く違ったりするのである。

こうした例は、日常生活の中でも存在する。例えば、何か失敗をした時に「ああ、俺ってなんてダメダメなんだろう」と思う人がいれば「これをバネにすれば俺はもっと成長できる!」と思う人もいる。同じ事象を前にしても、人によってこれだけ捉え方に差が存在し、そのバリエーションは多岐に渡るのだ。

だから、人に大切なことを伝えたいときは曖昧な表現は極力避けなければならない。自分の発言や文章が、その意図と全く違う方向に捉えられる可能性が十分に存在するからだ。これもいくつか例を挙げて説明してみよう。

「あなたのことが好き」
「俺の琴が好き?」
こんなありふれた台詞も、使用には注意が必要だ。万が一上記のように受け止められたら、「お前、俺の琴が目的だったのか!なんてひでぇ女だ!絶交だ!」などということになりかねない。相手が琴を所有しているか、事前にリサーチしておいたほうが良いだろう。

「俺の得意技は回し蹴りなんだ」
「回し下痢?」
最悪である。もはやあってはならない領域のすれ違いだが、悲しいことに十分起こりうる。回し下痢というからには回りつつ下痢をするのだろう。自分のスポーツマンっぷりをアピールするつもりが、とんでもない方向に誤解をされてしまったケースだ。

「正義は勝つ!」
「まさよしは勝つ?」
誰だ。
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# by rei_ayakawa | 2005-12-03 18:01 | 日々
今日、食器洗いをしているときのことだった。

上機嫌で次から次へと食器を泡まみれにしていく私。BGMにはショパンが流れ、実に軽快に、そして優雅に、かつエレガントに任務をこなしていた。その姿はまるでどこかの王侯貴族のようだ。しかし、ある一枚の平たい皿に手をかけたとき、不思議な衝動が私の中に湧き上がった。

「これでフリスビーをしたい」

いや、何でこんなことを思ったのかはわからない。まぁ、「全裸になって鼻に割り箸を突っ込みつつこれで前を隠して街中を走り回りブットビ!ブットビ!と叫び続けたい」とか思わなかっただけマシだとは思うが、なんにせよ訳の分からない衝動だ。真っ白なお皿が空に放物線を描いて、華麗に飛んでいく姿がそんなに見たいのだろうか?ああ、見たいさ。

しかし、皿フリスビーの実践はかなり難しい。まず、場所の問題。室内はもちろん論外である。皿は砕けるし、下手すれば他のものも砕ける(弟の頭蓋骨など)。次に庭であるが、流石にフリスビーを投げて遊ぶスペースは無い。よって、皿が塀にあたって砕けるのは確実だし、たまたま窓から顔を出した弟の頭が砕ける恐れもある。次は道路だ。検討するまでも無く地面がアスファルトだから皿は砕ける。また、いつ自転車に跨った我が弟が飛び出してくるかわからないのでこれも避けるべきだろう。ならば近所の公園でどうだ。広さは十分、地面も芝生なので皿が砕ける心配は無い。だが、公共の場で皿を投げるのはそもそも危険すぎだ。皿は砕けなくとも、ジョギング中の弟の頭が砕けたりはするだろう。

つまり、皿でフリスビーをするには、皿か弟の頭蓋骨を犠牲にしなくてはならないのである。「弟の頭蓋骨なら犠牲にしても良いかな?」とか少し思わないでもないが、私は理想的な尊敬されるべき兄貴なのでそんなことはしないのである。えっへん。

私が何を言いたいのかというと「食器をフリスビーにして遊ぶゲーム」が発売されたら絶対に買う、ということだ。
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# by rei_ayakawa | 2005-12-02 16:35 | 日々

はじめに

このブログでは、私が日々考えているくだらないことなどを書いていこうと思っています。

どのくらいくだらないかというと、星の綺麗な夜、愛する人と二人で夜空を眺めながら「ねぇ、あの星座なんていうんだっけ?」「餃子」「いくらなんでもそんなベタな……」というくらいくだらないです。つまりそんな感じです。

なお、当ブログはリンクフリーです。はるもはがすもご自由に。
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# by rei_ayakawa | 2005-12-02 15:06 | このブログについて