写真の子は恥ずかしがりやさんなので、これ以上出てきてくれません。


by rei_ayakawa
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食事対俺

食事というのは一種の戦いである。少なくとも、私にとっては。

私はそもそも胃が小さい。あまり多くの食べ物を受け付けられないのだ。よって、食事が目の前に出されたら私の鈍色の脳細胞は超高速で軋みを立てながら回転し始める。果たして、この量を私は平らげることができるのか。

実例を挙げて説明しよう。先日、私はとある店に入ってチャーハンセットを頼んだ。生ビールが200円引きの日だったのでビールも頼んだ。まずは当然生ビールが来る。中ジョッキだ。これを食事が運ばれてくる前に飲み干すのは、造作もないことだった。

そしてしばらく待たされた後、待望のチャーハンセットがやってきた。構成はこうだ。チャーハン、サラダ、スープ、餃子6個、鳥のから揚げ2個、シューマイ2個。900円ちょっとでこの内容はかなりのボリュームであるが、目の前にした私の脳裏に不安がよぎる。

(これは……微妙なラインだな。食えるような食えないような……)

しかし、もう頼んでしまった以上後には引けない。与えられた状況で、最善の手を打たなければならないのだ。つまり、たとえ食べ切れなかったとしても、できるだけ高い満足感を得られる食べ方とは何か。

まず、私はサラダに手をつけた。比較的お腹の膨れないサラダを先に食べても全体への影響は少ないが、後に残すと満腹感に負けて食べられなくなる可能性がある。まずは安全牌から拾っていかなければならない。さて、問題はここからだ。

順当に行けば次はスープなのだろうが、スープはサラダと違って飲み物なため、満腹になったときでも一気に飲み干すことは十分に可能。あまり冷めてしまう前に飲む必要はあるが、別に今すぐ飲まなくても問題はない。

そして私が目をつけたのはチャーハンであった。そもそも何故私がチャーハンセットを頼んだかというと、弟に「ここのチャーハンうまいよ」と教えられたからなのだ。とりあえず、一口味見をしておかなければなるまい。最後の方に回したせいで、腹が膨れすぎて味が分からんなどということになったら本末転倒だからだ。ぱくっ。うん、確かにうまい。これはいけるよ。

続いて餃子だ。この店はどうやら餃子に自信があるらしく、誇らしげに「餃子のたれ」なるものがテーブルの隅においてある。普通の店が醤油・ラー油・酢で済ましているところを「餃子のたれ」である。これもチャーハンと同じ理由で、早めに味見しておかなければなるまい。早速餃子を一個口に放り込む。ぱくっ。うむうむ。さすがになかなかのものだ。ついでにそのままチャーハンもぱくつく。

さて、ここからが重要になってくる。確かにチャーハンと餃子はうまかったが、だからといってこればっかり食べていていいものだろうか?答えは否である。チャーハンと餃子だけで満腹になってしまう可能性もあるからだ。せっかくこれだけの種類の食事が出てきているのだから、全品目を食しておかなければならない。よって、ここからは好きな順番に全品目を回ることにする。

まずはから揚げ、スープを食する。とてもおいしかった。続いてシューマイであるが、実は私はあまりシューマイが好きではない。だから、結果的に何かを残してしまわなければならない場合、私は迷いなくこのシューマイ2個を残してしまいたいのだ。しかし、もし全部の料理を食べ切れてしまったらどうだろう。その場合、一番好きじゃないシューマイ2個を最後に食べることになってしまい、後味がとても悲しいことになる。だからといって、ここでシューマイを2個とも食べてしまうとそれはそれでお腹の容量圧迫に繋がってしまう。ここは1個だけ食べておくのがベストだ。残りの1個は様子見をしながら決める。もぐもぐ。うーん、やっぱりいまいちだなぁ。

その後、餃子をさらに2個食べ、スープを飲み干し、予想外においしかったから揚げの残りの1個を食べる。この合間合間にチャーハンを食べて、残るはチャーハン3分の1・餃子3個・シューマイ1個となった。

しかし、予想外のことが起こった。早くも、腹の容量が限界近くまできてしまったのである。から揚げのボリュームが予想以上にあったらしい。この状況でどう行動すべきか。

まず、チャーハンは捨てざるを得まい。確かにおいしいことはおいしいのだが、この中で最もお腹の容量を圧迫するのは間違いなく炭水化物のチャーハンだ。持って後1口。それ以上は、味を楽しむどころではなくなってくるだろう。同時に、シューマイも捨てることが決定した。完食できないことが確定した時点で、これをわざわざ食べることに何のメリットもないことが分かったからだ。

よって、残る選択肢は餃子ということになる。餃子は普通にうまいし、単体で食べればそれほどお腹に負担もかからない。最後を飾るにふさわしい料理といえるだろう。ぱくっ。

冷めてた。

なんてこった。考えてみればたしかにそうだ。餃子は温かいうちに食べないとおいしくない。最初のほうで一気に食べてしまうべきだったのである。ああ、私は取り返しのつかない失策を犯してしまった……。

―――

こうして、私は敗北感に打ちひしがれて店を後にした。そして、店を出るときに渡された割引クーポンを握り締め、必ずや次回こそは勝利してみせると決意を固めるのであった。了。
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by rei_ayakawa | 2006-04-29 10:56 | 日々

PCの前のみんな、元気ですか?
私は今日も元気です!
さーて、今日はどんな感じにブログ更新しちゃおっかな☆

さて。

いきなりなんだと思われたかもしれないが、別に飲みすぎでぶっ壊れたとかそういうわけではない。人間、時には自分のキャラを崩してみたくなる時もあるのだ。

それにしても、この「自分のキャラ」という概念はなかなか面白い。一見、自由な思考や行動を束縛しているだけの邪魔くさい考え方に思えるが、これを逆手に取ればギャップを演出して自分の行動を人に印象付けることが出来る。なかなかに奥が深いものだと思う。
例をあげて説明してみよう。

☆1.普段はコミカルなキャラの人が、決める時はきちんと決めていた。

一番オーソドックスなパターンだ。つまり、私のことだ。普段はバカなことばかり言っているのに、やるときはやる。こういうケースは周りに「へぇ……あの人が」と驚きと関心を与えることが多い。つまり、私のことだ。シチュエーション的にかなりおいしいケースといえよう。つまり、私のことだ。あえて日常的にはちょっとコミカルなキャラで通しておくことによって、こうした演出を狙ってみるのもいいかもしれない。さりげなく自己アピールを織り交ぜてみたがどうだろうか。

☆2.知的なキャラで通している人が、いざという時にバカだった。

打って変わって、考えうる限り最悪のケースだ。基本的に、普段バカなやつがいざという時に知性的な側面を見せると「あいつこういうところもあるんだな」と素直に受け入れられやすいが、こっちの場合は「あいつ本当はバカだったのか」とそれまでと真逆の評価を頂戴しかねない。最初からバカなキャラで通していれば、いざという時にバカでも自分の評価が下がったりはしないのに……。やはり、謙遜の美徳というものは大切なのだ。みんな、バカになろうぜ!

☆3.家では暴れん坊キャラの息子が、外ではあんなにおとなしかった。

それはただの内弁慶だ。
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by rei_ayakawa | 2006-04-26 14:58 | 日々

「やった!遂に完成した。この発明は人類の歴史を変える!」

「本当ですか、博士!」

「嘘だ」



私は博士だ。
千葉県の片田舎で生まれた。
小学生時分のあだ名もハカセだったが、まさしくその通りに成長していったわけだな。
子供の頃の思い出で印象深いのは、近所の川にザリガニを取りにいったときのことだ。
私の弟がぬかるみに足をはめてしまってね。
出れなくなってしまったんだ。
そこを、私はこう、ぐわっと助けた。
もわっと助けた。
つまり、大急ぎで親を呼びにいったわけだ。
弟は未だにそのことを感謝しているよ。
ん……すまない、ついつい話が脇道にそれてしまったようだ。
何であんな嘘をついたかって?
そうだな……。
私は、自分の研究内容がまるで世間に認められていないのが悲しかったんだ。
だからね、せめてああいう嘘だけでもついて、自分を慰めたかったのさ……。



「博士……助手であるこの俺を騙したな!殺してやる!」

「ま、待ちたまえ助手君!そのナイフを置くんだ!」



ああ、佐藤のことですか。
うーん……どんなヤツだったかと言われても、そんなに親しかったわけじゃないですからね。
あんまり友達はいなかったみたいですよ。
エイプリルフールに嘘つかれてキレるようなやつだったから、みんな付き合いづらかったんじゃないですかね。
この前同窓会で会ったときも、最近の政治はどうたらとかあの総理はクズだとか相変わらずキレっぱなしでした。
みんな適当に流していたみたいですけど。
え、あいつが事件を起こしたって?
まぁ……いつかやるんじゃないかとは思ってましたよ。
それで、どんな事件を起こしたんです……?



「博士死ねー!」

「甘いわ、必殺地獄突き!」

「ぎゃ」



ああ、川田の地獄突きね。
あれは凄い威力だったよ。
手先を尖らせて、ピンポイントで相手の喉元を狙ってくるんだ。
あれにやられた同窓生は数知れないだろうな。
本当に恐ろしい技だったよ。



「ま、参りました、博士!」

「ふん、百年早いわ」

「どうか、その地獄突きを私に教えてください!」

「え、なんで?」

「私には、倒さなければならない相手がいるのです」

「ふむ……まぁ、よかろう」



繰り返しになるけど、本当に川田の地獄突きは凄かった。
他の人には分からない独自の工夫が凝らしてあったらしい。
川田が本気で撃ったとき、コンクリートの壁を粉砕したのを見たことがあるよ。
体格はたいしたことなかったのにな。
人に向ける時は手加減していたらしいが、本気でやったらじゅうぶん相手を殺せるだろうね。
歴史に残る大発明だと思うよ。
あいつは科学者なんかじゃなく、格闘家になるべきだったんだ。



「よし、もうお前に教えることは何もない!」

「ありがとうございます。博士!」



それで、佐藤はどんな事件を起こしたんですか?
え、街頭演説中の総理大臣を地獄突きで殺害……?

―――

この作品について
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by rei_ayakawa | 2006-04-23 19:27 | 空想

箸が転がってもおかしいお年頃というものがあるらしいが。

まさか、うちの母がそういうお年頃だとは思っていなかったよ。本気でツボに入っている。笑い転げている。別に何か特別なことが起こったわけではない。転がっただけなのだよ。箸が。

ロンドン箸。

いや、深い意味はないのだ。上の文章を書いていてなんとなく思いついただけであって、深い意味どころか浅い意味すらもない。でも、私はこの言葉に魅力を感じたのだよ。それだけは、わかってほしいな。

それにしても、「箸が転がってもおかしいお年頃」ならまだ愛嬌があるが、「橋が転がってもおかしいお年頃」だとかなり問題がでてきてしまう。橋が転がっている状況というのはかなりの大惨事だ。不謹慎にもほどがある。TVでロンドン橋倒壊のニュースをやっている横で母が爆笑していたら、さすがの私もちょっと引くだろう。そう考えると、「箸が転がってもおかしいお年頃」で本当によかった。この程度ならまだ、暖かく見守れる段階だと思うのだ。
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by rei_ayakawa | 2006-04-20 19:57 | 日々

私は雨の降りしきる中、なにをすることもなく道の真ん中に立ち尽くしていた。

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by rei_ayakawa | 2006-04-17 20:48 | 空想

雨の中、私が当てもなくぶらぶら道を歩いていると、パン屋の店先で一人の若い女性が雨宿りをしていた。

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by rei_ayakawa | 2006-04-15 20:39 | 空想

私は当てもなくぶらぶらと道を歩いているうちに、海を一望できる崖の上に辿り着いた。

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by rei_ayakawa | 2006-04-13 18:38 | 空想

私が当てもなく道をぶらぶら歩いていると、一人の老人が道端に座り込んでいるのが見えた。

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by rei_ayakawa | 2006-04-11 17:48 | 空想

大ジョッキに宇宙を見る

我が美術館で控えている今回の絵画展を前にして、私の胸は高鳴っていた。

とある画家が最後に残した、伝説の作品を展示することが出来るからだ。何がどう伝説かというと、その絵画は自分の意思を持っているというのである。にわかには信じがたい話だが、画家が死の間際に書きあげた作品に、文字通り魂が宿ったとのことらしい。意思を持っているだけではなく、喋ることも出来る上にマッハ3で飛行することも可能だ。もうすぐその作品がここに届くはずなのだが、まだかなぁ。

「失礼しますよっと!」

部屋の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、副館長の前田くんだった。

「やほぅ、館長!いよいよですなぁ、はっはっは」

何だ、このテンションは。

「前田くん……その手に持っている大ジョッキは何かね?」

「いやぁ、興奮してしまいましてなぁ!ついつい……いやははははゴクゴク」

本当にこの男は何をやっているのだろうか。これから件の絵を迎え入れなければならないというときに、宴会気分とは。絵は非常に気難しい性格らしく、機嫌をそこねたらマッハ3で母国のドイツに帰りかねない。いっそのこと、こいつを地下室に閉じ込めておいた方がいいだろうか。

「それで?何か用かね?」

「ええ、それがですねぇ。まぁー、たいしたことでもないと思うんですがぁ、例の絵がごねてホテルから出てこないそうですよ。参りましたねあっはっは」

頭がくらくらしてくる。そんな時に貴様は酒盛りをやっているのか。前々から怪しいとは思っていたが、これはいよいよフォローのしようがないレベルのバカだ。いや、しかしこいつがバカだということを認めると、バカが副館長でいることを許している私もバカということになってしまう。だから、こいつはバカじゃない。こいつは有能だ。さすがだよ前田くん。私はとりあえず前田くんの大ジョッキを引ったくり、生ビールを一気に喉の奥へと流し込んだ。

「あー、私の生!」

「絵を呼ぶのは、だれ?だれの役割なんだ?」

叫ぶ前田を無視して、私は話を続ける。とてもおいしかった。

「は、はい……。えーと、立原ですね。今、説得に当たっているみたいですが、どうにもなかなか頑固なやつなようでして……」

「やれやれ……もうお前らには任せておけん、私が直接行こう」

―――

私は絵の宿泊しているホテルの一室の前に立ち、絵の説得を試みた。

「絵さん、何をそんなに嫌がっているんですか。あなたは我々の美術館で展示されることに同意してくれたじゃないですか?」

ドアの奥からかぼそい声が帰ってきた。

「うん……。確かに約束したけどさ。でも、やっぱり駄目だよ。ぼく、人の多いところ苦手だもん。ここまで来るのだって凄い緊張したんだよ?たくさんの人の前で展示なんかされたら、あがりすぎて爆発オチになっちゃうよ」

うーん、なるほど。あがりすぎることと爆発オチになることの関連性が全く持って不明瞭だが、とにかく彼の思いは伝わった。しかし、こちらだって大々的に宣伝してしまっているのだ。引き下がるわけには行かない。

「大丈夫、心配しすぎですよ。いいですか。そういう時は手に人と書いて……ああ、だめだ。手がないのか。えーと、人をかぼちゃと思えばいいんですよ」

うむ、我ながら実に素晴らしいアドバイスだ。古くから言い伝えられている方法だ。先人の知恵だ。これで彼も納得して出てきてくれるはずだ。

「人はかぼちゃじゃないもん」

「ええい、引っ立てい!」

我が美術館の勇猛な職員たちに引っ張られて、絵は泣き喚きながら美術館に連れられていった。多少強引なやり方になってしまったが、いたしかたないのだ。世の中は厳しいのだ。

―――

次の日、私は瓦礫と化した我が美術館を見つめて立ち尽くしていた。つまりは、爆発オチだったのだ。

―――

この作品について
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by rei_ayakawa | 2006-04-09 18:39 | 空想
「石橋を叩いて渡る」という言葉がある。

あまりに有名なことわざなので皆さんも知っていると思うが、一応説明しておくと「渡っている途中に橋が崩れたら大変なので、万が一死んでしまっても悔いが無いように石橋さん(23歳 会社員)のむかつくツラを全力で叩いてから渡る」という意味である。慎重に慎重を重ねて行動することのたとえだ。

もちろん、そんなことをされたら石橋さんだって黙ってはいない。「てめぇ、やりやがったな!」とその場で殴り返してボカスカと熱い闘いが繰り広げられる。「石橋ぃ!てめえのそのツラを前からボコボコにしてやりたいと思っていたんだよ!」「はっ、てめえごときにやれるものならやってみやがれ!」両者譲らず、結果は引き分け。夕日の沈む橋の袂で、2人は仰向けに倒れて言葉を交わす。「おまえやるじゃねえか。顔がむかつくだけじゃなかったんだな」「そっちこそやるじゃねえか。いい根性してやがるぜ」「ハッハッハ……」「ハハハハ……」そして芽生える友情。ああ、美しきかな。

しかし、「石橋を叩いて渡る」という姿勢は実際のところどうなのだろうか?どんなに慎重に石橋を叩いて点検したところで、崩れる時は何をしても崩れるのであって……ああ、先程までの石橋さんの話は忘れて欲しい。忘れてもらわないと話がしづらい。そうだよ、嘘だよ。悪いか?あんまり引っ張るなよ。

大体にして、慎重すぎるというのも考え物だ。いくら万全の準備をしようと思っても、人間のすることである以上100%の成功率というのはありえない。叩かないで、全力で走り抜けた方が成功しやすい時もある。要するにケースバイケースで考えるのがいいのではないだろうか。橋を渡るたびに顔をひっぱたかれていたら、石橋さんもたまったものじゃないだろう。そして、ぶちきれる石橋さん。繰り広げられる激闘。「おまえなかなかやるじゃねえか」「おまえもな」「ハハハハ……」「アハハハ……」「ワレワレハウチュウジンダ」

私が引っ張ってどうする。
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by rei_ayakawa | 2006-04-07 16:44 | 日々