写真の子は恥ずかしがりやさんなので、これ以上出てきてくれません。


by rei_ayakawa
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<   2006年 03月 ( 15 )   > この月の画像一覧

たまに、近所のモスバーガーなんかでドライブスルーを利用することがある。

ドライブスルー!なんか必殺技っぽくていい響きであるが、別にどうということはなく、車に乗ったままハンバーガーが買えるというシステムだ。その名前の印象からすればスルーっと入ってスルーっと出て行くことが出来るように思われるが、現実はなかなか甘くないもので、時間帯によっては車が列を成してそれはもうありえないくらい待たされることもある。そもそも、自分一台しかいなくても作るのに時間がかかるため結構待つ。だから、結果的にかかる時間はそんなに違うわけでもないのだが、私としてはとにかく車から出たくない(というか、この際家から出たくない)のでいつもドライブスルーのお世話になっている。

ドライブスルーの表示を目安にして店沿いに車を進めていくと、入り口のちょうど反対側あたりにメニュー表が見えてくる。メニュー君が「なんでぼくだけお家に入れないの!ママー、入れてよー!」と泣き叫ぶ姿が容易に想像できるが、そんなことは気にせずに備え付けられたマイクを使ってお好きなものを注文したまえ、という非常に非情なシステムだ。挙句の果てにスピーカーから「いらっしゃいませー。ご注文がお決まりになりましたらお伝えください」などとお気楽な声が流れてくると説教の一つでもしてやりたくなるがめんどいよ。

さて、そんなわけでメニューを前にして熟考をはじめる私なのである。私は基本的に、買い物をするときはかなり慎重に考えるタイプなのだ。とはいえ、同時に私はチキンハートの持ち主でもあるので「ああ、どうしよう。モスバーガーもおいしいけど、いつも食べてるからなぁ。たまにはフレッシュバーガーなんてどうかなぁ。ていうか、こんなにじっくり考えてるとお店の人ももどかしいだろうなぁ。マイクの前で待機してるのかなぁ。ああ、後ろに車がいっぱいだ。私のハートも一杯だ。胸がこんなに苦しいのはなぜ?それはおまえを食べるためさ!えーと、どうしようどうしよう」などと色々考えた末に「じゃ、じゃあとりあえずテリヤキチキンバーガーで!」と、結局勢いで適当なものにしてしまう。全く、本当にどうしようもないチキン野郎だ。うん、今私うまいこと言ったぞ。

「えーと、テリヤキバーガー1個ですか?」

いやいやいや、ちょっと待ってくれないか小娘。貴様何か。私を愚弄するか。せっかく私が「チキンハート」→「テリヤキチキンバーガーで!」→「チキン野郎」という1大スペクタクルを完成させたというのに、私の努力をなんだと思っているのかね。ああ、君のせいで何もかもぶち壊しだよ。君は本当にひどい女さ。いっそのこと君を食べてしまいたい。君をテイクアウトしたい。「ああ、いえ、テリヤキチキンバーガーです」伝わったかい、この気持ち。

無事にテリヤキチキンバーガーを受け取った際店内を見たら、中にいるのはおばちゃんばかりだったわけで。
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by rei_ayakawa | 2006-03-10 21:06 | 日々

賢者との一問一答

「怒りとは?」
「蓄積された悲しみ」

「勇気とは?」
「狂気」

「愛とは?」
「のど飴」

「人生とは?」
「裾の短いジーパン」

「自分とは?」
「幻想」

「平穏とは?」
「のど飴」

「好きなんですか?」
「のど飴?」

「のど飴」
「別に好きではないな」

「のど飴とは?」
「至高」

「やっぱり好きなんじゃないですか」
「そんなことねぇよ、カスが」

「ひどい……」
「……すまん、言い過ぎた」
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by rei_ayakawa | 2006-03-08 19:20 | 空想
外出した時、家の鍵をちゃんと閉めたか不安になったことはないだろうか?

こうした状況に陥った時、人は妙に心配性になる。考えてみても、答えは出ない。空き巣に入られていないだろうか。もしかしたら、窓が開きっぱなしかも知れない。社会の窓も開きっぱなしかもしれない。案の定、開いていた。このように思考をめぐらせた結果、不安は明確に一つの方向に収束する。

「帰った時、家が木っ端微塵になっていたらどうしよう」

この不安が的中したとしたら、かなり大変な事態だ。今夜の寝床も、預金通帳も、あの子との甘い思い出も全部木っ端微塵なのである。しかし、ここで焦って新しい思い出作りのため街中に繰り出し、「ヘイ、彼女!ぼくとお茶しないかい?」「キモイよ、バーカ」と小粋なトークを交わして女性恐怖症になるのは、少々気がはやりすぎだ。まずは、最低限の身だしなみを整えてからでなくてはならない。とりあえず、社会の窓は閉めておけ。

その上で改めて、事実関係から確かめていくべきだ。あの子との甘い思い出など本当にあったのか。あれは、真夏の夜に見た一夜の夢だったのではないだろうか?それを考えることも重要ではあるが、まずは家が木っ端微塵になっているか確かめるのが先決だろう。そのくらいの優先順位はわきまえろ。貴様は脳の中まで下半身なのか。

さて、そのための方法としては直接見に行くのが一番だが、それが出来るならそもそもこんな事で悩んではいない。「第3の目(サード・アイ)で見る」という選択肢もないではないが、悲しいことに人間は第3の目(サード・アイって読むんだからね)などもっていない。持っている気分にだけでもなれれば、とりあえず自分の中で決着をつけることは出来るが、そんなことが出来る人間は私くらいのものだ。

そこで提唱したいのが「自宅に電話をする」という方法である。電話をかけるだけで、全ての真実が判明するのだ。コール音が鳴れば自宅は木っ端微塵になっていないことが分かるし、鳴らなければほぼ間違いなく木っ端微塵になっている。知らない人が電話に出たら空き巣に入られていると見ていいし、愛しのミヨちゃんが出たら「今日のパンツの色は何かな……?ぐへへ」などと欲望を全開にしてみるといいがそれは間違い電話だコンチクショウ。

しかし、現実問題としてこんなにあっさり真実を捕まえてしまっていいのであろうか。たとえば、人がギャンブルに惹かれるのも結果を予測出来ないスリルがあるからだ。不安はあくまで漠然とした不安のままに収めたほうが、人生を楽しめるのではないだろうか。

実際にどうなっているかは「家に帰ってからのお悲しみ♪」ということにしておくべきだと、私は思うよ。
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by rei_ayakawa | 2006-03-06 16:57 | 日々
どうにも、数学とか好きじゃない。

理系の友人に言わせれば「求めるべき答えが明確だからいい。2×3はどう足掻いても6なんだよ!」だそうだが、私からすれば答えが明確なのが気に入らないのである。人生というのは、そんな簡単なものではないはずだ。

たとえて言うなら「356×73=いっぱい」でもいいのではないか。これは決して、計算が面倒くさくて言っているわけではない。そこのところを誤解しないで欲しい。大体にして人生というものに、絶対の答えなど存在しない。人の数だけ答えがあり、その可能性は無限大だ。そんな人間の可能性を、自ら狭めるようなその発想が気に食わないのだ。だから、3以上の数は「たくさん」でいいのだ。本当に、計算が面倒くさくて言っているわけではないのだ。

つまり、何が言いたいのかというと、人間はもっと感覚的に生きるべきなのである。数字に縛られる人生なんて、私はごめんだ。

「リンゴが6個あります。これを2人で公平に分けるためには何個ずつ分ければいいでしょうか?」

まず、公平に分けようと言う発想自体が間違いだ。人生とは不公平なもの。そして、その不公平さにめげないだけの精神性が重要なのではないのか。分けるな。早い者勝ちだ。

「次の式を因数分解せよ」

分解……おまえ、そんな無慈悲なこと言うなよ。分解だなんて、そんなのひどすぎると思わないか?分解される式の気持ちにもなってみろよ。今までずっと一緒だった彼らを分解して離れ離れにするなんて……私には出来ない。

「この図形の面積を求めよ」

……嫌です。

「なに?」

私はあなたの人形じゃない!言いなりになんかならないわ!

「き、貴様、この私に逆らう気か!」

こんな生活はもう嫌よ。私はここから出て行くわ!

「ま、待ってくれ、美緒―!」


このように人生というのは難しいものなので、皆さんくれぐれも注意していただきたい。
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by rei_ayakawa | 2006-03-04 12:44 | 日々

ぼくのにっき

だい3がくしょう

そらをみあげたら じゅぴたーがありました
まわりをまわるおほしさまが キラキラ キラキラ かがやいていました
みんな めが ギラギラ ギラギラ していました
どうやら じゅぴたーをめぐって けっきさかんなさつりくのうたげをくりひろげようとしているらしいです

でも つぎのしゅんかんにはみんな ダラダラ ダラダラ していました
いくらなんでも やるきなくすのが はやすぎるとおもいます
しょうしんのじゅぴたーは 「もっとわたしをみてよ!」 とさけびながら みちのまんなかでぜんらになりました
おまえもやりすぎだよ とぼくはおもいました

きがつけば じゅぴたーはぼくのとなりにすわっていました
そして 「ぼーや おとなのせかいにきょうみはないかしら?」 ときいてきました
いよいよ なりふりかまわなくなってきたなぁ とぼくはおもいました
こんなおとなには なりたくないものです

いろいろあって ぼくはつぎのひのあさを じゅぴたーとおなじべっどでむかえました
けっきょく ぼくもなりふりかまわない にくよくにまみれたいっぴきのけものでした
ひとつ おおきくあくびをすると めのまえにさたーんがたっていました
「ひとのおんなにてをだすとは ふてえがきだ ぶっころしてやる」

ぼくは おおあわてでべっどからにげだしました
おほしさまたちは そんなぼくをみて ちからのかぎりばくしょうしています
たいようは ねんちょうしゃのよゆうか ニヒルなえみをうかべています
なんとなく ぼくもおかしくなって そのばにたおれこんで だいばくしょうしてしまいました

ほしたちが たのしそうにうたっています
「どなどなどーなーどーなー こうしをのーせーてー」
せんきょくが ひたすらになぞでした
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by rei_ayakawa | 2006-03-02 19:04 | 空想