写真の子は恥ずかしがりやさんなので、これ以上出てきてくれません。


by rei_ayakawa
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2007年 12月 21日 ( 1 )

放課後、屋上に立つ。

住宅街を隔てた山の向こうに、落ちかけた夕日が見える。風はわずかに吹く。手摺に肘を掛けて考える。今日の夕飯は何にしようか。

不意に背後から声が聞こえた。

「先生」

振り向くと、女子生徒が一人立っている。見覚えのある顔だった。

「はい。なんですか。飯間さん」

すぐに名前が出てきた。あまり話したことはないが、まじめな授業態度と整った顔立ちが印象深かい子だった。

「先生は私たちがどのようにしてこの世に生を受けたかご存知でしょうか」

ずいぶんと唐突な質問だ。意図はよく分からないが、私は素直に自分の認識を述べる。

「はい。おおまかには。凄絶な環境を生き残った精子が、卵子と結合することによって生み出されたと聞いています」
「私も同様の認識です」
「あなたはなぜそんな事を聞くのですか?」
「私には黙秘権があります」
「ふむ。まぁ、いいでしょう。他者のプライバシーに立ち入るのは、私もあまり好きなことではありません」

会話が途切れると、彼女は一瞬目線をはずし、すぐに向き直って言った。

「ところで、先生。あなたは人類の存続に寄与していますか?」

これも意図が読めない。まぁ、気にすることはないだろう。私は私の思うままに、正直に答えていればよい。

「残念ながら、私はしがない国語教師です。自分ひとりの存続を保つことで精一杯ですよ」
「そんなことではいけません。先生。私が協力して差し上げますから、是非とも近年の少子化の流れに歯止めを打つべく、次代の命を共にはぐくみましょう」

なるほど。彼女はずいぶんと社会への貢献意識が強いらしい。私などよりも、よっぽど立派な大人になる見込み十分だ。

「面白い提案だとは思いますが、先ほど述べたとおり私は自分一人で手いっぱいの弱い人間なのです。今だって今夜の夕飯を何にするかで悩んでいて、それどころではありません。残念ながら私にできるのは、専門分野の知識をあなた方生徒に受け継がせることくらいです」

彼女の顔にかすかな落胆の色が浮かんだ。悪い事をした気もするが、こればかりはどうにもならない。

「そうですか……。それに関しては、わかりました。ところで、よろしければ私が今夜の食事をお作りして差し上げましょうか?」
「え、いいのですか?」
「ええ。私は少しも構いません」

それは素晴らしい。しかし、いくらなんでもそこまでしてもらうのは悪い気もするし……。わずかに思考を巡らせた次の瞬間、私は大切なことを思い出した。

「あ、決めました。今夜はファミレスにします」
「ええ!?」

財布を開けて中身を確認する。やはり、入っていた。

「この前、割引券もらってたんです。いやぁ、忘れていました。いけませんね」

確かあそこは白玉ぜんざいがうまかったんだ。デザートは決定として、メインは何で行くか。王道のハンバーグでもいいし、軽くスパゲッティで済ませてしまうのもいいかもしれない。いろいろと思いを巡らせていたが、再び彼女の声が聞こえて、私は現在に引き戻された。

「意外とうっかりなさってるんですね。しっかり者のフォロー役がそばにいて欲しいと思ったことはありませんか?」

長いストレートの髪をかきあげながら言う。なぜだか、ほとんど動かない表情がわずかにこわばっているように見えた。

「いえ、そういう発想はありませんでしたね。まぁ、全部自己責任ですから」
「ダメですよ!」
「ダメなんですか?」
「人は助け合わなきゃダメなんですよ!何でも一人でやろうとしないで下さい!そういう自己中心的な思想が宇宙戦争を引き起こすんですよ!」

なんか急激に彼女のテンションが変わった。いくらなんでも宇宙戦争はない。何が起こったのかはよく分からないが、まずは冷静になってもらわなければならない。

「少し落ち着いてください。飯間さん。この際宇宙はあまり関係がないはずです」
「わかりました。脱ぎます」
「あなたは何一つ分かっていないようです。ああ、こら、いけませんって」
「大丈夫です。今なら二人きりだから大丈夫です」

私の制止を振り切って、まずはブレザーから投げ捨てる。何がどうしてこうなっているのか少しも分からない。

「いや、大丈夫じゃありませんって。ここは学校ですよ。私の首が飛びますって」
「飛ばせばいいじゃないですか。フリスビーみたいに飛ばして犬に拾ってきてもらえばいいじゃないですか」
「それはグロイです。いいからやめなさい。ストリップ。違う。ストップ」
「あら、動揺してらっしゃるんですか。意外と可愛らしいところがあるんですね」
「私の動揺を意外と言っている時点であなたの思考力の低下がうかがえます。そして、私は正直職が惜しいのでこの場を逃げ出させていただきます」

私は競歩のタイムアタックに挑戦していると思われても仕方のない早足で、屋上のドアへと向かった。ドアノブに手をかけると、追いかけてきた彼女がその手を握り、不必要に顔を接近させて言った。

「据え膳食わぬは男の恥って言葉知らないんですか?」

この時、私はようやく彼女の行動の意味するところを理解した。知ってはいる。知ってはいるが。

「据え膳食ったら男の墓地という考え方も理解していただけたらと思います。では、失礼します」

私は彼女の手を振りほどき、階段を駆け下り、校門を出て、ファミレスに入り、結局ハンバーグにした。
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by rei_ayakawa | 2007-12-21 18:11 | 空想