写真の子は恥ずかしがりやさんなので、これ以上出てきてくれません。


by rei_ayakawa
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水面下でもがく白鳥のお話

「負傷しても、バンソウコウは目立たないほうがいいんだ。お客さんからわかるようなのはダメだ。プロである以上、勝負の場に立ったら、ケガの事で同情されたくない。はっきり分かるような姿で出て行くのは失礼だからね」
「努力してますと練習を売り物にする選手は、プロフェッショナルとはいえない」
――長嶋茂雄

至言である。といっても、ちょっと考えてみれば当たり前のことだ。その道のプロである以上、当然結果を出すことが求められる。そして、結果をだせることがプロフェッショナルとしての誇りだ。それ以外の要素を評価基準に持ち出されるのは、むしろ好ましくない事態である。真のプロフェッショナルにとって、自分が努力している姿などは人に見られたくないものなのだ。

別にスポーツ選手じゃなくても、評価基準にして欲しくない事は存在する。例えば、プロの文筆家が「自分の作品についてあれこれ言うのはよくない」といわれているのも同じことだ。自分の思いを作品という形で世に送り出すのが作家の仕事であり、一度世に出てしまった作品をどう受け止めるかは、読み手の判断にゆだねられる。よって、重要なのは「読み手がどう受け取るか」であり「作者がどういう意図で書いたのか」ではない。

さらに言えば別にプロフェッショナルじゃなくても、評価基準にして欲しくないことは存在する。たとえば、

「化粧の途中の顔」

これを評価基準に入れられたらたまったものではないだろう。結果だけ見て欲しい。

「8月31日に大急ぎで夏休みの宿題を終わらせようとする姿」

結果的に間に合えばいいじゃないか。だからそんな目で私を見ないでくれ。

「ブログの文章を真剣に考えているときの私の顔」

確かにかっこいい。あまりにかっこよすぎて評価基準に入れたくなるのはわかる。ついつい「綾川さん……私と付き合ってください!」などといいたくなる気持ちもよくわかるが、どうか文章だけを見て評価して欲しい。







いや、あなたの気持ちもよく分かる。これはあくまで私の考えである。私は自分とは違う考え方の人間にも寛容なので、遠慮しないで自分の信じた道を進んでくれて構わない。







遠慮しないで迷わず自分の信じた道を全力疾走で駆け抜けてくれて構わない。
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by rei_ayakawa | 2006-02-22 20:57 | 日々