写真の子は恥ずかしがりやさんなので、これ以上出てきてくれません。


by rei_ayakawa
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ごまかし肯定論

自室で音楽を聴いていたらいつの間にか踊り狂っていた、という経験は誰にでもあるだろう。

そしてそのまま、想像上のカメラに向かって決めポーズをとった経験も誰もがしているだろう。「決まった……」と恍惚の表情を浮かべているところに、お母さんが入ってきたことだってあるはずだ。恥ずかしがらなくていいよ。人間とはそういうものだ。もちろん、私も経験済みさ。

さて、こうした状況にどう対応するか。人間である以上、ミスを犯してしまうのは仕方がない。重要なのは、そのミスによって引き起こされた状況に対してどう対処するかなのである。ここでその人の真価が問われるわけだ。私の場合は悪霊に取り付かれた振りをしてどうにか難を逃れたが、皆さんはこうした状況をどうやって切り抜けたのだろうか?非常に気になるので、是非とも聞いてみたいものだ。

人によってはこうした「ごまかし」は好まない人もいるかもしれない。しかし、だからと言ってその状況で「何か用?」と爽やかに聞いたとしても、絶妙に微妙な空気に包まれるのは避けられない。爽やかさでカバーできる問題ではないのだ。いっそのこと開き直って、「俺は今踊り狂っていたが、それがどうかしたというのか!?」と自己主張を繰り出すという手もある。しかし、「それじゃ、私と一緒に踊らない?」と誘われてお母さんとフォークダンスを踊る羽目になるかもしれない。これはかなり怖い。私としては絶対に避けたいので却下である。

このような切羽詰った状況でこそ、「嘘も方便」という言葉が生きてくるのだ。バカ正直ならいいというものではない。時には、自分や大切な人を守るためにごまかしに頼る必要だってあるのである。

似たような状況に「屁」がある。たとえば、仲睦まじき恋人が二人で遊園地に遊びに行ったとする。そこで高らかに己の存在を宣言する彼女の「屁」。この状況で「ごまかすの嫌い」などと言っているやつは男ではない。何が何でも愛する人を救ってやらねばならない。男は決死の覚悟で周りのお客さんに向かって「待て、待ってくれ!勘違いするな。今のは断じて彼女の屁ではない!もう一度言おう。今のは彼女の屁ではないんだー!」

お前の存在が屁だ。
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by rei_ayakawa | 2006-06-07 23:42 | 日々