写真の子は恥ずかしがりやさんなので、これ以上出てきてくれません。


by rei_ayakawa
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PCの前のみんな、元気ですか?
私は今日も元気です!
さーて、今日はどんな感じにブログ更新しちゃおっかな☆

さて。

いきなりなんだと思われたかもしれないが、別に飲みすぎでぶっ壊れたとかそういうわけではない。人間、時には自分のキャラを崩してみたくなる時もあるのだ。

それにしても、この「自分のキャラ」という概念はなかなか面白い。一見、自由な思考や行動を束縛しているだけの邪魔くさい考え方に思えるが、これを逆手に取ればギャップを演出して自分の行動を人に印象付けることが出来る。なかなかに奥が深いものだと思う。
例をあげて説明してみよう。

☆1.普段はコミカルなキャラの人が、決める時はきちんと決めていた。

一番オーソドックスなパターンだ。つまり、私のことだ。普段はバカなことばかり言っているのに、やるときはやる。こういうケースは周りに「へぇ……あの人が」と驚きと関心を与えることが多い。つまり、私のことだ。シチュエーション的にかなりおいしいケースといえよう。つまり、私のことだ。あえて日常的にはちょっとコミカルなキャラで通しておくことによって、こうした演出を狙ってみるのもいいかもしれない。さりげなく自己アピールを織り交ぜてみたがどうだろうか。

☆2.知的なキャラで通している人が、いざという時にバカだった。

打って変わって、考えうる限り最悪のケースだ。基本的に、普段バカなやつがいざという時に知性的な側面を見せると「あいつこういうところもあるんだな」と素直に受け入れられやすいが、こっちの場合は「あいつ本当はバカだったのか」とそれまでと真逆の評価を頂戴しかねない。最初からバカなキャラで通していれば、いざという時にバカでも自分の評価が下がったりはしないのに……。やはり、謙遜の美徳というものは大切なのだ。みんな、バカになろうぜ!

☆3.家では暴れん坊キャラの息子が、外ではあんなにおとなしかった。

それはただの内弁慶だ。
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by rei_ayakawa | 2006-04-26 14:58 | 日々