写真の子は恥ずかしがりやさんなので、これ以上出てきてくれません。


by rei_ayakawa
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先人に学ぼう

靴紐がほどける。

なんでか知らないけど、ほどけてしまう。どんなに裂帛の気合を込めて親の仇のようにきつく締め上げても、ふと気がつけばほどけている悲しい現実。なんなんだろう、これは。私には「靴紐がほどけているのに気がつかずに紐を踏んでしまって亡くなった人」の霊でもついているのだろうか。ご冥福をお祈りします。

でも、私としては幽霊とかその類の話はあまり信じる気になれない。だって、ほんとにいたら怖いもん。だからいない。そういうことにしておいたほうが、何かと収まりはいいと思う。そんなわけで、このオカルティックな考えは即座に改めることにしたが、実際のところ靴紐はどうしようもない勢いでほどけていく。なんでだろう。なにがいけないんだろう。

とまぁ、先日まで私はこのような悩みを抱えていたのだが、それも先日までの話だ。いや、別に靴紐がほどけなくなったわけではない。今でも普通にほどけるところは全然変わっていないのだが、なぜにこうも私の靴紐がよくほどけるのか、その原因が分かったのである。ヒントは、とある人物の残した言葉の中にあった。やはり、先人の知恵というのは偉大なのだ。17世紀フランスの学者パスカルは次のような言葉を残している。

「人間は自然の中で最も弱い一本の足に過ぎない。しかしそれは考える足である」

有名な言葉なので、皆さんもどこかで耳にしたことがあるのではないだろうか。私もその存在は知っていたのだが、お恥ずかしながらこの言葉の意味するところがよくわからなかった。パスカルが足フェチだということしかわからなかった。なんでよりによって「足」にたとえているのかさっぱりわからなかった。足ってそんなに弱いか?とも思った。だが、この言葉の意味するところは全く違うところにあった。そう、この言葉をなにかの比喩だと思って捉えるからいけなかったのであり、そのままズバリの意味で考えればよかったのだ。要するに、足は思考能力を持っているのである。

人間は脳からの指令に従って動いているわけだが、それとは別に足自体も物事を考えているのだ。たとえば、長く正座をしていると足がしびれてくる。これはおそらく、足くんが「おまえ、そんなに圧迫すんじゃねーよ。汚ねーケツ乗っけてねーで、さっさとどきな」と思って抵抗の意を示しているのだろう。脳は外部からの信号を受け取って指令を下しているわけだが、足はその信号自体を自分の意思で送ることが出来る。つまり、人間の行動を真の意味で左右できるのは脳ではなく、むしろ足だ。パスカルの言葉は、この事実を簡潔にあらわしていたのである。

そんなわけで私の靴紐がやたらとほどけるのも、おそらくは足の意思なのであろう。きっと、私の足は窮屈に締められるのが嫌なのだ。だから私は、すぐにほどけてしまうような紐の結び方しか出来ないのである。これが生命の神秘。

まぁ、幽霊よりはマシかなぁ。

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意外な真実

「考える葦」だそうです。
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by rei_ayakawa | 2006-03-14 21:29 | 日々